大阪地方裁判所 昭和25年(ワ)2974号 判決
原告 国
被告 南海化学工業株式会社
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金二百五十八万七十四円八銭及びそのうち金二百二十三万一千五百七十円に対する昭和二十五年五月十八日より完済まで百円につき一日金五銭の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として「訴外配炭公団は経済安定本部総務長官の定める割当計画、配給手続及びこれらに関する指示に基き、物価庁長官の定める価格に従い石炭、コークス及び亜炭の買取、売渡等の業務を行つてきた法人であり、被告は和歌山市に工場及び営業所を設けてソーダの製造販売を業としているものであるが、(一) 訴外配炭公団大阪配炭局和歌山支局は昭和二十二年六月一日から昭和二十四年八月までの間、(イ) 種類、規格、等級、価格及び数量は経済安定本部総務長官の割当計画数量により荷渡した石炭の荷渡条件別販売規格統制額による、(ロ) 受渡は艀岸着送状面渡又は貯炭場積込改斥渡、(ハ) 代金は毎月十五日締切月末払、月末締切翌月十五日支払の約をもつて石炭六千六百四十一屯四九三五を代金九百二十万八千四百四十六円四十五銭で売渡し、被告より右代金の支払を受けた。ところが右取引のうち配炭公団の帳簿上昭和二十四年八月十五日売渡、数量六百五十屯、代金百四十八万円とされている石炭は同月十六日から十九日までに被告に荷渡したものであることが経済調査庁の調査により判明した。配炭公団が販売する石炭は昭和二十三年六月二十三日物価庁告示第三四九号によりその価格が指定され、鉄鋼、化学肥料、ソーダ等の特定産業に販売する石炭については一般産業向価格よりも低廉ないわゆる特産向価格(右告示第四表)が適用されていたのであつて被告との取引は右特産価格によつていたのであるが、昭和二十四年八月十六日物価庁告示第六二四号により特産向価格は廃止され同日以降販売の石炭はすべて一般産業向価格によることとなつた。然るに前記被告との間に決済されたところは事実を曲げてこの特産向価格廃止前に荷渡されたものとして不当に廃止前の低廉な単価によつていたものである。そこで前示六百五十屯の石炭を一般産業向価格により計算すると金三百七十一万一千五百七十円となるから、被告は配炭公団に対し前示特産向価格により算定した代金との差額金二百二十三万一千五百七十円を追加して支払うべき義務があるわけである。(ニ) 配炭公団は昭和二十四年四月一日売買契約を更新するに当り、被告との間に売買代金を所定の期日までに支払わないときは遅延日数に応じ金百円につき一日金五銭の利息を支払うべきことを約した。ところで同年四月以降被告に売渡した石炭の売掛代金(但し右追加代金を除く)の遅延利息は別紙計算書<省略>記載の通り金三十四万八千五百四円八銭である。また追加代金については昭和二十五年五月十八日被告にこれを請求したから被告は同日以降その利息を支払わねばならない。そして配炭公団は被告に対し右追加代金及び利息合計金二百五十八万七十四円八銭及びそのうち追加代金二百二十三万一千五百七十円に対する昭和二十五年五月十八日より完済まで百円につき一日金五銭の割合による遅延利息を請求しうる権利を昭和二十六年三月一日原告に譲渡し、同月二十九日被告に到達の書面をもつてその旨通知した。よつて原告は被告に対し右金員の支払を求めるため本訴請求に及んだ。」と述べ、被告の答弁に対し「配炭公団が販売する石炭の価格が荷渡時の統制額を基準とすべき理由は、(イ) 配炭公団と被告の取引は前示のように物価庁長官の定める価格によることになつているが、物価統制令第八条は引渡のあつた時の価格をその統制額としているから同令に基く前示物価庁告示第三四九号所定の価格は荷渡時を標準とするものであり、(ロ) 物価庁長官は配炭公団法第十五条により配炭公団が販売する石炭価格を指定する権限があり、したがつて配炭公団と買主との間に価格の点につき争ある場合これを補充解釈する権限を有すものというべきところ、昭和二十五年八月二十四日物一第七二八号「特産炭制度廃止当時の石炭に関する件」と題する通牒において着荷日附の変更その他の方法により昭和二十四年八月十六日以降に売渡した石炭につき特産炭扱としたものは一般産業向価格を適用するよう指示し、(ハ) 前示売買契約は代金は荷渡した石炭の統制額による旨定め、(ニ) 従来かく荷渡時の統制額による慣習であるからである。配炭公団が昭和二十四年八月二日被告とその主張のような特約を結んだことは認めるが、その特約は荷渡の時期を確定的に定めたものではなくできるかぎり同月十五日までに荷渡しようという好意的な取きめであつて、荷渡が同月十六日以後になつてもなお同月十五日当時の価格による趣旨ではない。もし特約がさような趣旨であつたとすれば右契約は無効である。なぜなら配炭公団が販売する石炭の数量とその時期は経済安定本部総務長官の定める石炭割当計画により定まつているのであつて、配炭公団の決定しうるところではなく、大阪配炭局和歌山支局においてはもとより定めうるところではない。且つ販売価格は前示のように法令上荷渡時の統制額によるべきものであつて配炭公団はこれを変更することができないからである。仮にその代金は特産向価格によるべきものであつたとしてもその後一般産業向価格によることに変更された。すなわち配炭公団と被告の間の売買契約々款第五条は「法令、行政官庁の命令若くは指示があつた場合は本契約の一部又は全部を変更することがある」と規定し、配炭公団が売買契約を一方的に変更する権限あることを明示しているが、物価庁長官は昭和二十四年八月十六日物三第六七一号「昭和二十四年八月十六日以降の特定産業向石炭の取扱について」の通牒により同日以降配炭公団はいかなる場合においても特産向価格を適用してはならない旨、昭和二十五年五月四日物一第四一八号「特定産業向石炭の取扱に関する件」をもつて着荷日附の変更その他の方法により昭和二十四年八月十六日以降に受渡が行われた石炭につき特産炭扱としたものは一般産業向価格を適用すべき旨、前示「特産炭制度廃止当時の石炭に関する件」をもつて右同旨及び本件六百五十屯の石炭につき特産炭扱してはならない旨指示したので配炭公団は昭和二十五年五月十八日被告に対し右石炭に一般産業向価格を適用する旨通知したから売買代金は一般産業向価格によることに変更された。なお昭和二十四年八月十五日被告から金百四十七万七千二百円の支払を受けたことは認めるが、これは同年八月二日被告から石炭六百五十屯の買受申込があつた際配炭公団が遅滞している代金を支払わないうちは荷渡できない旨告げたところ被告がその支払を約して支払つたものであるから、その趣旨は延滞代金に対する弁済及び右石炭代金に対する一部前払金である。配炭公団が残代金百五十二万七千四百二十八円五十七銭の受領に当り利息につきなんらの申出をしなかつたことは認めるが、利息請求権を抛棄したことは否認する。」と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として「配炭公団及び被告の事務所、工場及び業務内容が原告主張の通りであること、被告が昭和二十四年八月十六日より同月十九日までに荷渡を受けた石炭六百五十屯の取引を除き原告主張の約定をもつて配炭公団より石炭を買受けたこと、被告が原告主張の追加代金を除くその余の代金全額を支払つたこと、同年八月十六日以降被告買受の石炭について一般産業向価格が適用されることとなつたことは認める。(一) 被告は昭和二十四年第二四半期(七、八、九月)分として同年七月十一日、八月十一日各七百七十五屯、合計一千五百屯の石炭の割当を受けたが、当時石炭遅配のため生産が停屯状態にあり、且つ同年八月十六日より特産向価格が廃止されるとの風説をきき右事情を告げて大阪配炭局和歌山支局に割当石炭を同年八月十五日までに売渡すよう交渉したところ同支局は同年八月二日右事情を了とし石炭集荷の状況を考慮して数量を六百五十屯、荷渡期日を同年八月十五日限り、代金決済日を同日限り、荷渡場所を被告会社小雑賀工場岸着改斥渡と定めた石炭売買契約を被告と締結し、被告は同日右代金を支払つた。そして右石炭六百五十屯を積載した機帆船関門丸ほか五隻が同月十三、十四日和歌山港に入港し、その石炭は同月十五日までに被告に引渡しうべき情況にあつたが、同支局は右船舶より遅れて入港した汽船日義丸積載の石炭の荷揚を先に行つたため右機帆船の荷揚は同月十六日から十九日となつた。かように右売買契約には従前の取引と異り履行に関し確定期限を定めてあり、且つその期限内に履行しうべき状態にありながら配炭公団の怠慢のため引渡が遅れたものである。したがつて履行の遅滞中に目的物の価格に変動があつたわけであるから、その値上り部分は当然配炭公団が負担すべきであつて被告が負担すべきいわれはない。仮りに右契約が原告主張のように無効であるとしてもその契約締結につき配炭公団に重大な過失があるから被告に対しその無効を主張することはできない。なお被告は配炭公団より売買代金変更の通知を受けたことはない。(二) つぎに昭和二十四年四月一日配炭公団と被告が結んだ石炭売買契約書に原告主張のような延滞利息の定めがあることは認めるが、その定めは一般的に使用する目的をもつて用意された契約書に不動文字で記載されているものであり、元来政府が特産向価格を設け一般産業向価格との差額を負担してまでソーダ生産事業を保護したゆえんは当時その事業がインフレの昂進によつて極度の経営難に陥り、工場閉鎖のやむなきに立至る状勢にあり、この事業を救済しなければソーダを原料とする他の重要産業までも壊滅するような緊急状態にあつたからであり、したがつて配炭公団においてももとより売掛代金の延滞利息まで徴収する意思はなかつたが、一般産業々者との売買契約書を被告との契約にそのまま使用し利息に関する記載を抹消しなかつたまでである。また配炭公団は被告に一回も利息を請求したことなく、営業帳簿にも利息を計上していないことからみても配炭公団は売買契約当初から被告に対し右約定に従つて延滞利息を請求する意思を有しなかつたものといわなければならない。仮に当初利息請求の意思があつたとしても右のような事実及び昭和二十五年一月三十一日配炭公団と被告が確認した残代金百五十二万七千四百二十八円五十七銭を被告が支払つたとき配炭公団はなんら利息の申出をしなかつたことから推して配炭公団は利息請求権を抛棄したものというべきである。」と述べた。<立証省略>
三、理 由
配炭公団が大阪市に大阪配炭局を、和歌山市に大阪配炭局和歌山支局を設け、経済安定本部総務長官の定める割当計画、配給手続及びこれらに関する指示に基き、物価庁長官の定める価格に従い石炭等の買取、売渡等の業務を行つていたものであり、被告が和歌山市に営業所及び工場を設けてソーダの製造販売を業としているものであること、配炭公団が昭和二十二年六月一日から昭和二十四年八月まで、(イ) 種類、規格、等級、価格、数量は経済安定本部総務長官の割当計画数量により荷渡した石炭の荷渡条件別販売規格統制額による、(ロ) 受渡は艀岸着送状面渡又は貯炭場積込改斥渡、(ハ) 代金は毎月十五日締切月末払、月末締切翌月十五日払の約をもつて石炭を被告に売渡したこと、配炭公団が被告に販売する石炭には昭和二十三年六月二十三日物価庁告示第三四九号により一般産業向価格よりも安価な特産向価格が適用されていたが、昭和二十四年八月十六日物価庁告示第六二四号により特産向価格が廃止されたので同日以降の販売分については一般産業向価格が適用されることになつたこと、被告が昭和二十四年八月二日同年第二四半期分として割当を受けた石炭のうち六百五十屯を同月十五日までに被告工場岸着改斥渡、代金は同日限り支払う定めをもつて買受ける契約を配炭公団大阪配炭局和歌山支局と結んだが、実際の荷渡は同月十六日から十九日になつたこと、被告がその代金を特産向価格により支払つたことは当事者間に争がない。
まず右石炭六百五十屯の代金算定の標準となる統制額が特産向価格であるべきか一般産業向価格であるべきかを考えてみよう。およそ継続的供給契約において個々の給付につき期限が定められその代金は統制額によるべき旨定められている場合には、特段の事情がないかぎりその統制額とは履行期のそれをいうものと解するのが妥当である。けだし供給契約成立時の統制額を指すものと解するときは給付が相当期間引続いて行われ、その間統制額に変動あることが当然予想されることからみて契約当事者の意思に合致しないこと明かであり、さればといつて事実上目的物を引渡したときと解するときは被告主張のように統制額に値上げある場合売主が履行を遅滞することによりかへつて利得するという不合理な結果を生ずるからである。そこで本件について考えるに原告は荷渡時の統制額を標準とすべき根拠として四ケの理由をあげるからこれを順次検討してみよう。(イ) 物価統制令第八条は統制額の指示等がある場合その影響を受けない既存の契約を定めたものであつて、右規定から統制額は目的物引渡時の価格を統制するものであるとの結論は引出しえないのみか、価格統制は物の引渡を統制し法定の引渡方法を強制しようとする配給統制と異なり、公定価格内の契約締結を強制することを目的とするに止まり物の引渡を直接には考慮するものではない(同令第二条)ことにかんがみればむしろ原則として契約締結時の価格を統制するものといわなければならない。(ロ) 配炭公団法第十五条は配炭公団が物価庁の定める価格により石炭を販売すべき旨定めるにとどまり、物価庁長官が配炭公団と買主との間に成立した売買代金を直接決定する権限があることを定めたものではないから同長官の通牒を根拠として右契約を解釈することはできない。(ハ) 原告主張の売買契約の文言はその代金が統制額によるべき旨定めたにすぎず、いかなる時期の統制額によるべきかの点まで定めたものとは解しがたい。(ニ) 原告は配炭公団と被告との従来の取引においては荷渡時の統制額による慣習であつたと主張するが、それが石炭の割当期の定めがあるほか荷渡につきとくに期限を定めなかつた場合の取扱であつたことは原告の主張自体から明かである。そこで昭和二十四年八月二日の前示特約について考えてみよう。原告は右特約は売買当事者間の好意的な取きめであつて荷渡についての確定期限を定めたものではないと主張するが、原告の全立証によつても特約が単に好意的なものにすぎないとは認めがたいのみか、成立に争ない乙第三号証と証人伴隆、本田義男、松田芳彦の証言によれば、被告は同年七月頃特産向価格が同年八月十六日より廃止されるとの風説をきき同年第二四半期分の石炭を特産向価格により買受けるため、右風説を告げて大阪配炭局和歌山支局と交渉したところ、同支局は石炭需給の見透しを考慮のうえ六百五十屯をとくに現金取引することを承諾し、前示のような特約を結んだことが認められる。したがつて右特約は売買代金を特産向価格により計算することに重点をおいてとくに荷渡期限を同年八月十五日としたものであつて、まさしく履行期を定めたものといわなければならない。つぎに原告は石炭荷渡の時期及びその数量は経済安定本部総務長官の割当により定まり配炭公団はこれを決定することができないと主張する。もとより配炭公団は右割当に反して販売することはできないけれども、右割当数量と割当期の範囲内において石炭の集荷、需要等諸般の事情を考慮して販売数量、期限を決定することができると解するになんらの支障はなく、したがつて配炭公団の従たる事務所である大阪配炭局和歌山支局はその取扱う業務の範囲内において右と同様の意味において販売数量と荷渡期限を定める権限があると解するのが相当である。また原告は右特約が物価統制令、物価庁告示に反すると主張するが、右主張が理由ないこと前説示の通りである。されば荷渡時の統制額によるべき特別の事情のない右石炭六百五十屯の売買においてはその履行期である昭和二十四年八月十五日当時の統制額すなわち特産向価格により代金を定むべきものといわなければならない。
さらに原告は右売買代金は変更されたと主張するから按ずるに、成立に争ない甲第二号証によれば配炭公団と被告の間の売買契約々款第五条に「法令、行政官庁の命令若くは指示があつた場合は本契約の一部又は全部を変更することがある」旨定められていることが認められる。ところで配炭公団が右規定に基き契約変更の意思を表示した場合、その変更は将来に向つて効力を生じ、したがつて変更された契約内容は変更後の給付につき適用をみるものと解するのが相当であるから、すでに履行期を経過し且つ荷渡を了した石炭代金をさかのぼつて値上することはできないといわなければならない。したがつて原告の右主張も採用しがたい。そうすると追加代金に関する原告の請求は失当であるからこれを棄却する。
つぎに利息の請求について判断する。昭和二十四年四月一日配炭公団と被告の間に結ばれた売買契約書に原告主張のような延滞利息に関する記載があつたことは当事者間に争がない。被告は右契約当時のソーダ事業に対する政府の配慮からみて配炭公団は始めから利息請求の意思はなかつたと主張するが、かかる事実を認めるに足るなんらの資料もない。また成立に争ない甲第一号証の一ないし四、第二、第三号証及び証人伴隆の証言並びに弁論の全趣旨によれば右記載は不動文字でされていること、配炭公団が本件訴訟に至るまで利息の請求をしたことがないこと、及び配炭公団の営業帳簿に利息が計上されていないことが認められるけれども、かような事実はいまだ配炭公団が契約書記載の利息条項に従う意思を有しなかつたとの主張を裏付けるに足りないからこの点に関する被告の主張は採用しない。したがつて売掛代金につき右契約に基く利息が生じたものといわなければならない。
そこで利息請求権の抛棄について考えるに、成立に争ない甲第四号証及び証人伴隆の証言によれば昭和二十五年一月三十一日配炭公団と被告とがすでに終了した石炭取引の残代金が金百五十二万七千四百二十八円五十七銭であることを確認した際配炭公団は右残代金の支払を請求したのみで利息につきなんらの申出をしなかつたことが認められる。かような事実と前段認定の帳簿上利息の記載がないことを考え併せると配炭公団は前記日時までに生じた利息及びそれ以後に生ずる利息に関する請求権はこれを抛棄したものと認めるのが相当であるから、利息に関する原告の請求も失当として棄却を免れない。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 浜本一夫 鈴木敏夫 石川恭)